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継桜王子

熊野参詣道中辺路沿いに位置する熊野九十九王子のひとつで、「野中の一方杉」として著名である。継桜王子の初見は1201(建仁2)年の後鳥羽上皇の熊野参詣に同行した藤原定家の『熊野道之間愚記』であるが、現在の本殿は18世紀後期の建造とされる一間社隅木入春日造の小社殿である。1908(明治41)年の近野神社への合祀の後、第二次世界大戦後に再祀した。境内のスギの巨木群は、地形・日照・風の影響により一様に南東方向に向けて枝を伸ばしていることから、近接の村落名を冠して「野中の一方杉」と呼ばれてきた。合祀に伴って全伐の危機に瀕したが、熊楠らの努力により計31本のうちの9本が残った。参道の石階の両側に屹立する9本のスギの巨樹及びその周囲のカゴノキ・シラカシ・ウラジロガシなどの大木は、幽邃な霊場の風致景観における神林の本質を伝えている。

※写真は令和3年2月~6月に開催した「南方曼陀羅の風景地Instagramスタンプラリー」の投稿写真を掲載しています。


小生今回乱伐を止めにゆくべき野中・近露王子の老樹は、左に大きさを掲げ候。
いずれも写真にとれぬほど大きなものにて、古え帝皇将相が奉幣し祈念し、その下を通り恭礼せられし樹なり。
『南方二書』

 


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