ホーム » 第36回南方熊楠賞【人文の部】選考報告

第36回南方熊楠賞【人文の部】選考報告

南方熊楠賞選考委員会(人文の部)
委員長 小松 和彦 
第36回南方熊楠賞(人文の部)は、慎重に審議した結果、南方熊楠賞の受賞者に野本寛一氏を選考した。


 第36回南方熊楠賞選考委員会は、その受賞者として、精力的かつ徹底したフィールドワークによる資料収集に基づいて、日本列島各地の人びとの生活史・民俗誌を描き、特に人と自然環境とのかかわりに注目した〈環境民俗学〉の領域を切り拓いてきた、野本寛一氏を選考した。

 野本寛一氏は、1937年、静岡県に生まれ、國學院大學で民俗学を学び、静岡県内で高校教諭を務めた後、招かれて近畿大学文芸学部教授となり、同大学に設置されている民俗学研究所所長や柳田國男記念伊那民俗学研究所所長も務めた。また、2015年には、「民俗学、ならびに地域文化振興」への貢献により、文化功労者に顕彰されている。

 野本氏の研究は、民俗学の常道に従って、フィールドワークから得られた事実の積み重ねから民俗の変遷や未来の可能性を探るという「帰納法」である。すなわち、「民俗の生成土壌としての環境要素」に着目し、農山漁村における具体的な民俗資料(一次資料)の集積とそれに基づき、一貫して人びとの暮らしや生業がいかに自然環境とのかかわりのなかで営まれてきたか、また、自然環境の影響を受けてどのように変容してきたのかを、現場の実態から明らかにしようとするもので、その成果は『焼畑民俗文化論』(1984)や『生態民俗学序説』(1987)、『共生のフォークロア 民俗の環境思想』(1994)、『自然災害と民俗』(2013) 等の数多くの著作に結実している。

 戦後、近代化・都市化が列島に広く浸透するなかで、昔から続いてきた民俗が急速に消滅もしくは変容しつつある現在、実地調査から得られた、生業の技術・技能、食生活から芸能、さらに精神世界にまで及ぶ野本氏の瞠目すべき著述は、今ではまことに貴重なものとなっている。これらは、先学の民俗学者の残した記録とも照らし合わせることで、現代社会を生きる日本人の生活を反省的に考えるための手がかりとなるばかりでなく、未来の人びとのための遺産としてもその価値を今後益々高めていくことになるものと高く評価できる。

 以上のように、野本氏の民俗学における最も重要かつ基礎となる調査研究から得られた環境に視点を置いた研究成果は、南方熊楠賞にふさわしいものと判断し、同氏を第36回南方熊楠賞受賞者に選考した。