顕彰館建設の経緯2

■南方熊楠研究所(仮称)基本計画案 概要

 南方熊楠の学問の大きな特徴は、田辺という紀伊半島の小都市に住みながら、海外の学者とのやりとりや、ロンドンの雑誌への投稿を通じて、常に世界の知的情報の流れとつながっていた点にあります。地域の人々の生活や自然生態系に根ざしつつ、より普遍的な世界の理解を目指すという姿勢は、二十一世紀の学問のあるべき姿として、現在、さまざまな分野から広く注目されています。
 
 田辺市に建設される南方熊楠研究所(仮称)が、こうした熊楠の姿勢を継承するためには、地元とのつながりを大切にしながら、専門的な研究機関としても実質的な活動ができる、つまり内と外との二つの面に向けて開かれた体制を作り上げることが必要になってきます。熊楠の業績について実証的な調査・研究を進め、関連の研究者・研究機関と協力して高いレベルの学問的発信を続けることと、そうした活動を通じて実際に地元にあって研究所を支えたり、研究所で学習したり、さらには熊楠の顕彰事業を通じてまちづくりに取り組む人々が誇りを持てる環境を作り上げることが望まれます。

 そして、長期的な視野から見ると、研究所が何よりも目指すべきことは、将来を担う若い人々が、南方熊楠という存在を通じて、未来に対する自信と希望を持ち得るような環境を整えていくことです。自らの地域に根ざしながら、世界の人々と対等に知識の交流を行い、自然や人間の多様性に対する好奇心をどこまでも伸ばしていけること。そうした機会と場所をこれからの世代に向けて作り出していくための道筋を、南方熊楠が生涯かけて展開した学術活動とその成果は、切り開いてくれています。

 私たちは、この度の答申書をとりまとめるにあたって、研究所がそうした可能性を十分に内包し、展開していくことを期待しています。そして、その計画・建設・運営を主体性を持って行うことが、南方熊楠という世界的に見てもたぐいまれな学者の貴重な遺産を継承した田辺市と、本事業に関わる私たちに課せられた大きな責任であるという思いを強くしております。

○建設目的

 南方熊楠旧邸(以下、南方邸)並びに邸内に遺された研究資料等を恒久的に保存し、熊楠に関する研究を推進するとともにその成果を国内外に向けて発信するための施設として、南方邸とその隣接地に南方熊楠研究所(仮称)を設置する。
 これにともない、学術都市としての田辺市を対外的にアピールするために、南方熊楠関連事業を積極的に推進し、研究所を中心とする学術文化情報の交流を通じて国内外に人的ネットワークを形成し、田辺市が目指す文化のみえるまちづくり、さらには魅力ある新地方都市「田辺」の実現に寄与していく。

○南方熊楠邸の保存整備

 南方邸は、それ自体が邸内に遺された翁の研究資料とともに、後世に伝えるべき第一級の文化財である。この南方邸を公開することで、研究所とともに、田辺市における教育普及活動や一般来訪者に対する観光事業の拠点として利用する。そのために、南方邸の建物・庭(植生等)を、学術調査の結果に基づき保存するとともに、熊楠が生きていた時代の雰囲気を彷彿させるような復元・整備を行う。

○全体計画

【1】コンセプト
(1)南方熊楠研究の拠点
 南方邸に遺されている熊楠の多種多様な資料の「保全・研究・公開(閲覧)」を目的とする施設。熊楠に関する研究成果を集積し、また発信するための情報ネットワークの中心となりうる施設。南方熊楠研究の中心地として、さまざまな分野の国内外の学者や一般に関心を持っている人々が訪れ、交流できるような施設。
(2)南方熊楠顕彰の拠点
 熊楠に関する従来の顕彰事業を継続し、展開することのできる施設。また、その他関連事業を支援できる施設。具体的な事業については、次のとおり。
 (a)南方邸の維持管理及び邸内の植物の調査、復元に関すること。
 (b)熊楠に関する資料の収集、保存及び展示に関すること。
 (c)熊楠に関する研究会、講演会及び展覧会等の開催、協賛、後援に関すること。
 (d)熊楠に関連する学術及び文化への研究助成に関すること。
(3)南方邸保存整備との相乗効果
 南方邸保存整備と研究所建設が相乗的に顕彰事業につながる仕組みを作っていくことが必要である。基本的に、南方邸は一般観光客にも対応可能なものとして、復元・展示を行う。一方、研究所は主に学術・教育を担うものとする。

【2】施設機能

(1)所蔵資料の保全機能
 現在の土蔵は老朽化が進み、保存環境はもとより、保安上の問題も無視できない。
 このような現状にあって、本施設の最優先すべきは、所蔵資料を恒久的に保存することであり、そのための資料の種類に応じた収蔵が必要となる。
 この機能を備えることで、今後、必要に応じて、所蔵以外の熊楠関連資料を散逸させず、その収集、または受託が可能となる。
 また、収蔵庫への保管だけでなく、修理等も行うことも必要となる。
(2)熊楠を知る、学ぶ施設としての機能
 所蔵資料の調査整理を行いながら、一般から研究者までの利用のため、資料公開が可能な施設。
 必要な設備としては、例えば、図書館的な閲覧スペースや学校の総合学習・課外授業等のカリキュラム並びに生涯学習活動に対応できるセミナールーム、ITを活用しての国内外への情報発信等ができる設備等がある。
(3)展示機能
 来訪者のニーズに応えるとともに、南方邸の環境や施設全体との調和に配慮し、エントランスホール等での小規模なものとする。
(4)事務局的機能
 研究所は、日常的な蔵書資料の整理研究、共同研究の組織化、研究紀要の発行や所蔵資料の刊行等を通して、田辺市における「文化学術情報発信」の中心と位置づけられる。
 そのために、上述の研究活動を推進することができ、施設の維持管理、運営、顕彰等の業務が遂行できる人員配置が必要である。

●南方熊楠研究所(仮称)建設委員会委員名簿

氏  名 選出母体 役 職 等
多屋 昌治 南方熊楠邸保存顕彰会 常任理事会委員長
玉置  潤 南方熊楠邸保存顕彰会 常任理事、事業部部会長
玉井 義人 南方熊楠邸保存顕彰会 常任理事
中村 伸吾 南方熊楠邸保存顕彰会 常任理事
土永 浩史 南方熊楠邸保存顕彰会 理事
中瀬 喜陽 南方熊楠資料研究会 田辺市文化財審議会副委員長
後藤  伸 南方熊楠資料研究会 田辺市文化財審議会委員長
安田 忠典 南方熊楠資料研究会 関西大学講師
横山 茂雄 南方熊楠資料研究会 奈良女子大学大学院教授
千本 英史 南方熊楠資料研究会 奈良女子大学教授
川島 昭夫 南方熊楠資料研究会 京都大学教授
松居 竜五 南方熊楠資料研究会 龍谷大学助教授
鈴木 信行 田辺市 助役
杉原 荘司 田辺市 教育次長
橘  長弘 田辺市 建築課長
那須 久男 田辺市 企画調整係長
※選出母体及び役職名については2007(平成15)年3月時点のものです。後藤伸委員は、答申前の2007(平成15)年1月27日にご逝去されました。
生前の本委員会へのご尽力に対し、感謝するとともに、哀悼の意を表します。